争いについて考える。 [自分なりの考え]
****
飛行機雲さんの記事、世の中のことについて話ができる雰囲気って大事だと思う と
それにトラバされたラスカル さんのショッキングな放送の二つの記事を読んで。
****
以前、ユダヤ人大量虐殺ホロコーストの写真展を誘われ見にいったことがある。
子どものころ読んだアンネ・フランクの日記の世界が大人になってこの写真展の中
の展示資料や写真を見ることで、更にどんな残虐な史実だったのかを知った。
その資料や写真、当時の美術家たちの作品などは、あまりに生々しく鳥肌が立った
ことを覚えている。
アウシュビッツで、ガス室へと向かうユダヤの人々の表情・・・
第二次世界大戦時にナチスが占領地ポーランドに建設したアウシュビッツ強制収容
所で、150万人もの尊い命が毒ガスにて奪われた。
現在、広島の原爆ドームと同様に『人類が二度と繰り返してはならない20世紀の負
の遺産』として、ユネスコ世界遺産に登録され、ポーランド政府が国立博物館とし
て保存している。
原爆禁止を訴える写真展か何かも見に行ったことが学生の頃あったし、高畑勲監督
の「火垂るの墓」は観ていて辛く終戦記念日前後によく放映されていたがアニメな
のに辛くて観れない。
****
この地球上に住む人間の数は昨年60億人を突破した。
イラク戦争や過去に埋められた無数の地雷、テロ・・・内戦。
増え続ける地球人口の中で、繰り返される戦争や抗争という争いが絶えないのは今
も昔も変わらない。
現在もどれほど多くの国や地域が危険とされていることか。
http://www.anzen.mofa.go.jp/(外務省海外安全HP地域別危険情報)
人は誰かの上に立ち、自分が優れていると思いたがる生き物なのだろうか。
優れたものを、と進化してきた過程を否定することはできないし、負けてたまるか
という闘争心やライバル心からより優れたものが生み出されることは事実であるが
一歩道を誤れば、それは争いを生んでしまう。
誰かより優れていると思いたい気持ちは、劣等感を否定したい心の表れだと、何か
の本で読んだ。
権力や支配したい心から争いは生まれる。
縄張り意識から・・・土地や資源をめぐり争いは生まれる。
そして一つの憎しみから生まれてくるのは悲しみと憎しみでしかない。
兵器を作るのも人間。それを動かすのも人間。
守るためであれ、攻めるためであれ、兵器を作ることは、戦いに備えての準備をし
ていることになるのではないか。
自然の災害による死は防ぎようのないときもあるだろう。
しかし、戦争による尊い命が奪われることは防ぎようのないことなのだろうか。
平和のための戦争、と謳って始まった戦争もあるだろう。
でも、最愛の人がそこで命を落としたら・・・?
それでも平和のためだと許せるだろうか?
残るのは戦争で命を奪われたことに対する悲しみと憎しみではないか。
そしてやり場のない怒りをぶつける先は・・・
その繰り返しになるだけだと思う。
今、地球上で起こっている戦いは全てその繰り返しなのではないか。
たまたま見つけた以下の文章に共感したので、載せておく。
http://www.takuro-no-war.jp/message.html
想い出のエアポート [心の引き出し]
****
心に残る想い出の場所というのは数多くあるけれど、そのうちの一つである名古屋空港
が、今日でその役目を終え、今後は中部地方の窓口の役目を中部国際空港へと移譲する
こととなる。そして、名古屋空港は規模を縮小し、県営の空港へとその姿を変える。
****
私がまだ札幌にいた頃、遠く離れた今の旦那と、何度名古屋空港と千歳空港の間を行き
来したことだろう。
たった数日しか逢えず、一人で飛行機に乗った時の寂しさは今後味わうことのないくら
いの寂しさだった。
出発口で見送られ、一人ゲートをくぐり、一人飛行機へ乗り込む。
何度も行き来して慣れた道のりだったけれど、いつまでも帰りの寂しさには慣れること
ができなかった。
飛行機が滑走路を走り出し、空へと浮上して見える夜景が涙でにじむことも多々あった
し、大抵は窓側の席をキープして隠れて涙を拭いていた。
夏休みや冬休み以外は、たった2~3日の間の楽しかった出来事が一人になったときに
こみ上げてきて、次に逢える日をもう夢見てしまう。
その繰り返しだった。
そんな切ない想い出と、逆に、逢いに来た時に出迎えてもらった時の嬉しかった記憶が
交互にやってきて、喜びと悲しみの瞬間が凝縮された想い出のある名古屋空港。
形は変わってしまうけれど、いつまでも心に残る場所である。
そんな飛行機の中から撮った写真を。

この視線の先で [心の引き出し]
kiyoさんのトラバで写真♪企画にまたまた参加。
丸いものってことで、これも、丸いな~とチョイスです。
またまたひなの思い出の一枚です♪
この笑顔の視線の先にはお父さんとお母さんがいたんだろうなぁ。
私が赤ちゃんの時の記念写真を携帯で撮ったもの。
トラバで写真♪ #5 「丸い物のある風景」に参加しています(^-^)
どうか安らかに。 [ナースの宝箱]
激務の一週間が終わりました。
日勤も9~10時で毎日遅かったけれど、昨日の夜勤も終わったのは昼過ぎ。
しかも急遽頼まれた資料の作成にも追われて睡眠不足だったのでフラフラで帰宅して
バタンキュー(+_+)
3時間ほど寝て、夕飯の支度。
ちなみに昨夜はほうれん草の肉あんかけと豆腐とネギとわかめのお味噌汁。
大したものじゃなくても、私が作ったものを嬉しそうに食べる旦那さまを見ながら、
丸二日近い時間を埋めるように色んなことを話しました。
***
夜勤の最中、受け持ちのおじいちゃんが、「いつもと違う、なんか変」と思いました。
(あえて簡単に表現していますが、変と思う所見が色々あったのです。)
一緒の夜勤のスタッフも同じように思い、本人は「大げさにせんでいい」と言ってい
ましたが、気になったので心電図のモニターをつけさせてもらい、まめに訪室して状
態観察して、主治医にも報告していました。
そして、朝が来ました。
日勤さんに送りをしたら個室に移した方がいいよねって夜勤で相談していたのですが
日勤さんに送る前、声をかけたり検温するとやはりぼんやりしているので、朝は食べ
るのが危険と判断し下膳させてもらいました。
そして日勤に送りを始めてまもなくのことです。
突然モニターのアラームが鳴り出し、心拍数が下がっていました。
数人でかけつけましたが既に意識がなく、医師と救急蘇生にあたりましたが処置のか
いもなく、かけつけたご家族の方が見守る中、そのまま還らぬ人になりました。
あんなに気がかりで何度も足を運んでいたのに、日勤さんに送りにナースステーショ
ンに戻った途端の出来事でした。
送りが終わったら部屋移動にまた訪室する気でいたので、やりきれなさが残ります。
一人で苦しんだんじゃないだろうか、とか、あの時もう少し部屋にいたら助けてあげ
られたんじゃないか、とか・・・
急変からの記録に追われながらも頭によぎるたびに涙が浮かんでしまいました。
一緒に働いていたスタッフが「頑張って書いて、早く終わらそう。そしたら一緒に*
*さんのこと想ってゆっくり泣けるから。」といいました。
たくさんのナースコールを鳴らしたおじいちゃんのコールが鳴ることはもうありませ
ん。いつも私がお部屋に行くと今日は日勤か、遅番か、夜勤か、と勤務を聞いてきた
り、仕事をしていても部屋の担当が違うことが続くと、最近見なかったな、というお
じいちゃん。何回も呼んでわりぃなぁ、と謝るおじいちゃん。
どうか安らかにお眠りください。
雪祭り。 [日々の風景]
故郷の札幌は今年は雪が多く、毎日のように雪かきに追われている。
毎年、市の財政で除雪費用の予算を組まれるが、今年はあまりにも雪が多くて、1月で
札幌の除雪費用が底をついたらしいと母から聞いた。
そんな中、13日までさっぽろ雪祭りが開催されている。
この雪祭りというイベントは有名で全国や海外からたくさんの観光客が訪れるが、私を
はじめ、地元では行かない人も多い&もしくはショッピングなどで歩く際にチラッと目
にするだけで、雪像を見にはいっていない人も多い。
今年は雪が多く比較的キレイと聞いたけど、間近で見ると、テレビで見るのとは違って
雪がちょっと汚れていてガッカリしてしまう。
あと、子どもの時に雪祭り会場で迷子になって、ちょっとトラウマだったりもするので
私にはショッピング途中に見かける、通り過ぎる、くらいのイベント。
テレビで雪像が映し出され、あぁ、もうそんな時期か、と思っていた矢先、先日札幌の
家族から携帯に一枚の写真が送られてきた。
photo by sister
市民雪像だとは思うけど、これはあのヨン様の雪像らしい。
本人も見たらショックだと思うけど、ファンの人からはどんな反応だったんだろう?
夜勤前に見てメールのタイトルが「気持ち悪いヨン様~」だったので「確かに」と深く
うなずいてしまった私だった。
ナースの現状について。 [ナースの宝箱]
以前、ブログの中の緊急アンケート。という記事で皆さんに、「かかりたい病院と
かかりたくない病院」についてたくさんのコメントをいただきました。
(おかげで小論は無事提出できました、ご協力ありがとうございました。)
今日はちょっとそれとは違うけど、そこから派生して考えたことを論文ではなく、
私の普段の記事と同じような感じで書きたいと思います。
患者さんにとって、過ごしやすい療養環境の病院であるためには、まず第一にスタ
ッフにとって働きやすい病院かどうか、ということが重要であると思います。
業務が円滑に行われるためには施設・設備の充実が必須でしょうし、医療従事者間
あるいは各病棟や外来・訪問、そして地域への連携がスムーズでなければならない
と思います。
つまり、システムが構築され、上手に機能しているかが大切なわけです。
書類の取り扱い方から検査や手術の流れ、外来の受診の仕方や予約方法なども全て
誰が携わってもわかりやすい状態でなければ、スタッフも混乱します。
スタッフが混乱することは、患者さんへの対応にも曖昧な点がでたり、お待たせし
たり、ご迷惑をおかけすることにつながるわけです。
施設や設備が不十分であれば、患者さんの安楽や安全面に影響があり、ストレスの
原因にもなるわけです。
これまで書いたことは一番ベストだと思いますが、ハード面についてのことです。
医療に携わっているほとんどの人が、願っている状態ではないかと思います。
現状とのギャップは多くの病院であることで、どう改善していくか、またはどうい
う機能の病院として地域での医療を担っていくか、日々まい進していかなければな
らない問題だと思います。
では、ソフト面はどうなのか、と考えると、医療従事者は「人」です。
勤務状況はどうなのか、職場の人間関係はどうなのか、そこに尽きるでしょう。
ネットの中でも職場環境の悪さに対する書き込みもよく見かけます。
そういったものに目を通すと多少の差はあるにせよ、どこも同じなんだなって思っ
たりします。
ソフト面では「サービス残業は当たり前」「数少ない休みでも話し合いや勉強会な
どに出席しなければならず休まらない」「体調が悪くてもなかなか休めない」「自
分の休憩がとれず、食事もまともにとれず働いている」「自分のトイレは後回しに
なっていき、コールの対応に追われる」などなどの書き込みが多いです。
これらの書き込みが稀なのではなく、職場環境の整っているところの方が少ないの
が、現在の医療の現場の生の声でしょう。
「患者さんを待たせずに素早い対応を」~そうしたいと思っていますが、たとえば
10人近い入院、退院の方への対応、数件の手術や検査と、重症の方の対応、コー
ルへの対応・・・こんなふうに挙げて言ったとき、病棟のナースが8人だったとし
たら、足りるでしょうか?これはあくまでの例ですが、普段も普通にあるような、
そんな状態です。私は絶対に足りないと思います。
優先順位をつけて生死に関わること、時間を守ってやらなければならないこと、排
泄の援助、痛みなど苦痛への対応などが先になってくると思います。
患者さんをお待たせしないためにはそれだけの医療者の人数が必要になってくるの
ですが、病院も経営があります。
人を雇う=人件費がかさむということで、どこの病院も最低の基準は満たしていま
すが、患者さん*人に対し、看護師が*人、という換算(看護体制といいます。)
なので、その患者さんに対して、どれだけの看護度(ケアや処置が多いか、時間が
かかるか)があるのかではないのです。
普通に自分のことを全て自分でできる方と、全てにおいて介助が必要な方はまった
く違うのに、同じ一人で計算されているのですから、どの病院でも手がたりない、
ということが起こってくるわけです。
なので、話し合いや勉強会が勤務時間外になり、お休みでもでていかなければなら
ず、休養も十分でなかったり、または残業した分がカットされたり。要は患者さん
のために残っても、ほとんどの病院ではただ働きなんですね。
このことについては前々からいつか書きたいと思っていたのですが、何故今日書い
たのかというと、昨日はバタバタとしていて、患者さんのところでゆっくりお話を
聴けず、ひたすら目の前の業務をこなしていたからです。
帰宅は9時過ぎ。
周りのスタッフにも迷惑をかけたことも辛かったし、患者さんをお待たせしたこと
もすごく辛かった。
夜勤さんに送ったあと、最後にまわった時にゆっくりお話を聴くのが精一杯でした
ので、謝りつつ廻りました。
ちょっと気がゆるむと泣きそうでした。
今日は気分転換と家事と、旦那さまへの手料理をゆっくり作って、また明日から、
元気に頑張れるようにします。
雪のにおい。 [日々の風景]
昨日の午前4時半。
パチッと目が覚めた。ほぼ同時に、朝寝坊の旦那も目が覚めた。
「絶対そうだね。」「うん。雪のにおいがする。きっと降ってるよ。」
カーテンを開けると、雪が積もっていて、空からは舞い降りてきていた。
今年初めての雪が積もった。
故郷では見慣れた光景だった舞い降りる雪が懐かしかった。
←暗くて見づらくてスミマセン。
(朝の四時半に撮ったものです)
こちらでは、故郷では問題のない程度の降雪でも、交通渋滞、パニックが起きる。
「寝たら起きれないから、このまま起きて、早めに家でる。」
帰ってきた旦那がいつもは15分の道が1時間かかった、と言っていた。
「こっちって、雪道の運転慣れてないから(アクセルの)踏み方ダメなんだよね。
しかも、たいしたことのない坂道なんだけど、登れない車続出。でも、助けてあげ
る人もなかなかいないから大渋滞なんだよ。ちょっと押してあげれば上がっていく
のに。今朝は何台手伝ったかなぁ。近くの工場のおじさんたちが出てきたから一緒
に手伝ってきた。周りの車はUターンして行くか、車の中で待っていて、手伝う気
ないんだよ。冷たいよね。」
その坂を知っているけど、本当に普段は坂とも呼ばないほどの緩やかな道なんだけ
れど、雪ですべると冬タイヤでない車はよくハマってしまう道。
ただ車で待つより、ほんの少し手伝えばもっと渋滞も解消すると思う、と旦那さま
は言う。
ちなみに、私は徒歩で通勤したけど、雪の上を歩くのが嬉しくて、渋滞の車のドラ
イバーさんのイライラをよそに、ニコニコしながら歩いていました。
夜にはもう融けて消えてしまっていた雪。ほんのつかの間だったけど、私にとって
は幸せな贈り物でした。
また降らないかなぁ。
涙のあとの笑顔。 [ナースの宝箱]
結婚記念日の今日も一生懸命働いてきました。
帰宅は八時すぎ。旦那がキムチ炒飯を作ってくれていて、お腹もペコペコだったので
ぺロリと平らげ、先程、旦那が買ってきてくれたケーキを「結婚1周年おめでとう。
これからもよろしくお願いします。」と自分達で祝って美味しくいただきました。
今日、担当させていただいた、あるおじいちゃんについて少し。
そのおじいちゃんはベッド上で寝たきりで介助が必要なため、再就職してすぐの頃、
髭剃りや清拭(熱いタオルで身体を拭くこと)などで関わらせていただくことが多く
患者数の多い中でも、すぐに名前と顔が一致した方です。
今日も熱があってぐったりしていたおじいちゃんですが、汗をかくたび着替えたり、
お口の奥に痰がたまって口呼吸(お口で息を吸ったりはいたりしている呼吸)のため
乾燥してしまっている状態なので、訪室のたびに口腔ケアをしたり。
身体の向きを変えたり点滴をしたり、俗に言う下の世話をしたり・・・
とにかく処置やケアのため、たくさん関わっていました。
熱が下がってすっきりしたのか、日中ずっとぐったりしていたおじいちゃんでしたが
夜勤に交代する前に最後の訪室をした際、お嫁さんがきていて、今日の状況を話しな
がら観察やケアを行っていたときのことです。
お嫁さんと、私がここにきて一番最初の方におじいちゃんの名前と顔が一致したこと
を話しました。
身体を整え終わって、本当に何気なく「~さん、私のこと、覚えてくれました?」と
声をかけたところ、そのおじいちゃんが「うん。覚えた。**さん。」と言って、な
んと涙をこぼしたのです。
「おじいちゃん、どうしたの?」とお嫁さんが聞いたとき、「良くしてくれるから、
覚えた。」とかすれた声で言いながら、今度は笑顔になって私の手を握りました。
「良かったね、おじいちゃんの好きな看護婦さんなんだね。優しいもんね。本当に、
昨日も今日も良くしてもらって・・・」とお嫁さんの言葉。
思わず私もポロリと涙が。「~さん、ありがとう。嬉しくて涙でちゃったよ。その言
葉で私また頑張れるよ。ありがとう。早くお家に帰れるように、一緒に頑張っていき
ましょうね。」と声をかけた。おじいちゃんも笑って頷いた。
また1つ、頑張れるチカラをもらった1日だった、素敵な想い出の結婚記念日。
繋いだ手のぬくもりを信じて。 [心の引き出し]
働き始めて、気がつけばもう2週間が過ぎた。
仕事柄仕方ないのかもしれないし、わかっていたことだけれど、近くに勤めても、
やっぱり旦那より帰宅が遅いことの方が多い。
帰ってくると、旦那がキッチンに立ち、料理をしている、そんなこの頃の我が家。
もし、私の方が少し早く帰宅しても、すぐにできる簡単なものばかりになってしま
うので、そんなの気にしなくていいんだよと言ってくれても、申し訳ないような気
がしてた。
今日はお休みだったので、晩御飯の支度をして、部屋を暖めて、旦那が帰ってきた
ときに出迎えて「お帰りなさい」が言えたことが、嬉しかった。
****
ふと、付き合いだした頃を思い出した。
遠い距離だったが、電話やメールをよくして、相談したりされたりしていた。
いつのまにか、当時付き合っていた彼女ではなく、私に想いを寄せてくれるように
なっていたらしい。ただ、私の気持ちが見えなくて、なかなか逢えない私、しかも
一緒に遊んだのは実家に帰省したときに逢ったときの、ほんの数度のみ。
電話やメールを毎日のようにしていても、彼女より好きと思う気持ちは気の迷いな
のか、彼女には結婚を迫られていて、現実逃避なのか、相当に悩んだようだった。
私は、好意を持たれているのはなんとなく感じたけれど、結婚の決まった彼女のい
るヒトと思っていたので、よく気の合う友達、と思っていた。
ある日彼は、親友に私のことを相談し、「そんなに迷うくらい気持ちがあるなら、
逢って、相手の気持ち確かめてくれば?逢ったら気の迷いか、本当に好きかはっき
りするんじゃない?」と言われ、電話で近々帰省するから逢えるかを聞いて来た。
もちろん、気持ちを確かめにくるとか、そういうことは後々知ったことなので、そ
のときはなんでこんな時期に帰省?と思ったのだけど。
****
ある日、勤務が終わって帰る途中、メルチェしたら、「今札幌にいる」と。
帰省すると言っていたよりも大分前だったし、からかってるんだと思って、電話し
たら、本当に今札幌にいる、と言って逢いたいと言ってきた。
そのときだった。自分の気持ちがこみ上げてきた。
彼女がいるから、結婚の決まってる人だから、と言い訳してごまかしてきた自分の
気持ちに気がついた。
・・・彼女がいても、たとえ結婚してしまう人でも、私は彼が好きだ。
どうして飛んできたのかわからないけど、一緒にいる間は、少しでも彼の気持ちが
休まるようなそんな存在でいたい。
****
それから彼が帰って私の存在を話し、彼女と別れた。
彼女は自分が浮気したことをそのとき告げたが、心変わりした彼を責めたらしい。
自分と別れても、私と付き合うなと条件を出し、自分の目の前で、私宛に電話させ
私とは付き合えないと言えと言ったらしい。(実際そんな電話がかかってきた。)
私もたくさん一人で泣いたし、悩んで二人は付き合えないのかなと身を引こうとし
たり、でもやっぱり声が聴きたくて電話しちゃったり。
少し時間を置いて、彼が彼女とのことをきちんとしてから私達は付き合いだした。
****
本当に、たくさん泣いて、迷って、その先の現在に辿り着いている。
あの日、飛んできてくれた夜の、雪の降る中で繋いだ手のぬくもりを信じて。
・・・あれから5年。
帰ってしまうときの空港で見送るとき、もうこれが最後かもしれないと思いながら
流した涙の痛みと、彼女を傷つけた重さを忘れずに。
一緒にいられることを嬉しく思える心を忘れずに。
・・・今も、これからもずっと、二人が仲良くいられますように。
トンネルの向こう側。 [日々の風景]
大分、遅くなりましたが、kiyo さんにいつでもいいから参加していいよって
背中を押してもらったので、今更ながらトラバします。
せっかく充電したデジカメを忘れたので、旦那の携帯で撮影しました。
高速を走行中の車内から撮ったものです。
ブログから、ブログの先輩としてお世話になった小紋さんがいなくなりました。
兄さまの敬称をつけて呼ばせていただいていたのですが、仕事復帰のバタバタと
体調不良、プラス旦那の車の納車にまつわる書類処理などと、実家では父が腰痛
で動けなくなり、母も心臓の検査などを受け、バタバタ。
いっぱいいっぱいでした。というか今もまだいっぱいいっぱいかも・・・?
なので、何もわからないうちに突然今日知ったので呆然としています。
(幸い父の腰痛は通院でなんとか落ち着いてきたのと、母の心臓は今までどおり
だったので、無理だけしないよう願うばかり。仕事始めてすぐで飛んでいけなか
ったことは辛かったですが、不幸中の幸いでした。)
トンネルの向こうには、どんな景色が広がっているんだろう・・・
それは、トンネルを抜けて光の射す方へ行ってみなければわからない。
まだ混乱中の私ですが。
今言えることは、瑠璃子さんのところでコメントさせてもらいましたが、
「自分らしくいること」「思ったままを素直に書くこと」
「書きたいときに書くこと」そして「こんな私のブログに足を運んでくだ
さる方がいて温かいコメントや励まし、または貴重な意見をくれる人たち
がいること」そういうことを忘れなければそれでいいのかな。
小紋さんの撤退は、そんなことを考える機会になった気がします。
kiyoさん、遅まきながらトラバ参加です。
小紋さん、読んでくださったでしょうか?上手く伝わらないかもしれないですが
やっぱり驚きました。いなくなったことも、いなくなりかたも。
ブログ読んでくれている皆様へ。
いつもありがとうと、これからもよろしくの気持ちをこめて。






