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想い出のエアポート [心の引き出し]

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心に残る想い出の場所というのは数多くあるけれど、そのうちの一つである名古屋空港
が、今日でその役目を終え、今後は中部地方の窓口の役目を中部国際空港へと移譲する
こととなる。そして、名古屋空港は規模を縮小し、県営の空港へとその姿を変える。

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私がまだ札幌にいた頃、遠く離れた今の旦那と、何度名古屋空港と千歳空港の間を行き
来したことだろう。
たった数日しか逢えず、一人で飛行機に乗った時の寂しさは今後味わうことのないくら
いの寂しさだった。

出発口で見送られ、一人ゲートをくぐり、一人飛行機へ乗り込む。
何度も行き来して慣れた道のりだったけれど、いつまでも帰りの寂しさには慣れること
ができなかった。
飛行機が滑走路を走り出し、空へと浮上して見える夜景が涙でにじむことも多々あった
し、大抵は窓側の席をキープして隠れて涙を拭いていた。

夏休みや冬休み以外は、たった2~3日の間の楽しかった出来事が一人になったときに
こみ上げてきて、次に逢える日をもう夢見てしまう。
その繰り返しだった。

そんな切ない想い出と、逆に、逢いに来た時に出迎えてもらった時の嬉しかった記憶が
交互にやってきて、喜びと悲しみの瞬間が凝縮された想い出のある名古屋空港。
形は変わってしまうけれど、いつまでも心に残る場所である。

そんな飛行機の中から撮った写真を。



 

 


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この視線の先で [心の引き出し]

kiyoさんのトラバで写真♪企画にまたまた参加。
丸いものってことで、これも、丸いな~とチョイスです。
またまたひなの思い出の一枚です♪

この笑顔の視線の先にはお父さんとお母さんがいたんだろうなぁ。



私が赤ちゃんの時の記念写真を携帯で撮ったもの。

トラバで写真♪ #5 「丸い物のある風景」に参加しています(^-^)


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繋いだ手のぬくもりを信じて。 [心の引き出し]

働き始めて、気がつけばもう2週間が過ぎた。

仕事柄仕方ないのかもしれないし、わかっていたことだけれど、近くに勤めても、
やっぱり旦那より帰宅が遅いことの方が多い。
帰ってくると、旦那がキッチンに立ち、料理をしている、そんなこの頃の我が家。
もし、私の方が少し早く帰宅しても、すぐにできる簡単なものばかりになってしま
うので、そんなの気にしなくていいんだよと言ってくれても、申し訳ないような気
がしてた。

今日はお休みだったので、晩御飯の支度をして、部屋を暖めて、旦那が帰ってきた
ときに出迎えて「お帰りなさい」が言えたことが、嬉しかった。

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ふと、付き合いだした頃を思い出した。

遠い距離だったが、電話やメールをよくして、相談したりされたりしていた。
いつのまにか、当時付き合っていた彼女ではなく、私に想いを寄せてくれるように
なっていたらしい。ただ、私の気持ちが見えなくて、なかなか逢えない私、しかも
一緒に遊んだのは実家に帰省したときに逢ったときの、ほんの数度のみ。
電話やメールを毎日のようにしていても、彼女より好きと思う気持ちは気の迷いな
のか、彼女には結婚を迫られていて、現実逃避なのか、相当に悩んだようだった。

私は、好意を持たれているのはなんとなく感じたけれど、結婚の決まった彼女のい
るヒトと思っていたので、よく気の合う友達、と思っていた。

ある日彼は、親友に私のことを相談し、「そんなに迷うくらい気持ちがあるなら、
逢って、相手の気持ち確かめてくれば?逢ったら気の迷いか、本当に好きかはっき
りするんじゃない?」と言われ、電話で近々帰省するから逢えるかを聞いて来た。

もちろん、気持ちを確かめにくるとか、そういうことは後々知ったことなので、そ
のときはなんでこんな時期に帰省?と思ったのだけど。

****

ある日、勤務が終わって帰る途中、メルチェしたら、「今札幌にいる」と。
帰省すると言っていたよりも大分前だったし、からかってるんだと思って、電話し
たら、本当に今札幌にいる、と言って逢いたいと言ってきた。

そのときだった。自分の気持ちがこみ上げてきた。
彼女がいるから、結婚の決まってる人だから、と言い訳してごまかしてきた自分の
気持ちに気がついた。

・・・彼女がいても、たとえ結婚してしまう人でも、私は彼が好きだ。
どうして飛んできたのかわからないけど、一緒にいる間は、少しでも彼の気持ちが
休まるようなそんな存在でいたい。

****

それから彼が帰って私の存在を話し、彼女と別れた。
彼女は自分が浮気したことをそのとき告げたが、心変わりした彼を責めたらしい。
自分と別れても、私と付き合うなと条件を出し、自分の目の前で、私宛に電話させ
私とは付き合えないと言えと言ったらしい。(実際そんな電話がかかってきた。)

私もたくさん一人で泣いたし、悩んで二人は付き合えないのかなと身を引こうとし
たり、でもやっぱり声が聴きたくて電話しちゃったり。

少し時間を置いて、彼が彼女とのことをきちんとしてから私達は付き合いだした。

****

本当に、たくさん泣いて、迷って、その先の現在に辿り着いている。
あの日、飛んできてくれた夜の、雪の降る中で繋いだ手のぬくもりを信じて。
・・・あれから5年。
帰ってしまうときの空港で見送るとき、もうこれが最後かもしれないと思いながら
流した涙の痛みと、彼女を傷つけた重さを忘れずに。
一緒にいられることを嬉しく思える心を忘れずに。

・・・今も、これからもずっと、二人が仲良くいられますように。


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充電期間。 [心の引き出し]

たまゑさんのそして、再生される私を読んで、たまゑさんの記事の内容とはちょっ
と違うかもしれないけど、自分の過去について書いてみようと思った。

今、こうやってナースしている私だけど、1年間休学した期間がある。
成績はトップで特待生だった。
人間関係同級生・指導教官・実習担当のナース・患者さん・家族ともなんの問題
も感じていなかった。それまでの実習も恋愛も試験も順調だった。
何もなかったのに、何故だろう。
今でも理由はわからないのだけれど、学校、というか実習期間だったので実習先へ
行けなくなってしまった。そのときは健康な児童とは、ということを学ぶ幼稚園実
習だった。

最初、自分では、行きたくないから行かないのだと思っていたけど、行けないのだ
と気がつくまでにそんなに時間はかからなかった。

体調が悪いと休んでいたが、出席日数がギリギリ行かないと単位を落とすと思って
家を出た。が、実習先に行く前に私はラッシュの中で気分が悪くなり家へと戻って
しまった。家路につくとどこもなんともない。
翌日も行こうとしただけで吐き気が襲ってきた。

それから実習が終わり、学校へ通う期間になっても、行くことができなかった。
母はすぐに気がついていたようだ。「行かない」のではなく「行けない」私に。
一度「学校へ行きなさい」と叱られたが、そのことにまもなく気がついたあとは、
母は私を叱ることはなく、「何か辛いことあった?」とゆっくり聞いてきた。
「なんにもない。でも行こうとすると吐いちゃうの。動悸もするし、とにかく怖い
んだ。なんでこうなったかは自分が一番わからない。」「少し学校休んだほうがよ
さそう?先生も友達も心配して電話かけてきてるよ。休むにしても通うにしても、
一度頑張って学校の先生とお話しないと。」

学校の先生は母から大体の状況を聞いていて「成績優秀だからもったいないけど、
実習これなかったぶんを長期休みに補習に通っても気持ちは休まらないだろうし、
今すぐ決断しなくていいから、休学という扱いにして、また通えそうだったら、も
う一度通うようにしますか」ということになった。
休学=特待生ではなくなる。つまり休学以降の学費を負担することになる。
「もう看護婦になりたくない、っていうなら退学手続きとるし、まだわからないな
ら、休学にしておいてもらうし、どうする?」母に聞かれ休学することにした。
本当は膨大な学費を考えると母も心労だったと思うが。父も当時はどう接していい
のか悩んだとあとで聞いた。

学校の先生が心配して授業に来ていた精神科を紹介してくれた。
診断は「うつ状態」で薬を出された。
自分の感情と関係なくハイになる薬や夜は頭にもやがかかったようにひたすら強い
安定剤。1月ほどそこに通ったが、医師が私にためこむのは良くないから、なんで
も日記に書いて通院の際持ってくるよう言われた。
でもある日、日記を見てその医師が笑って「薬飲んで、少したったけど、最初の方
の日記を自分で読んで子どもだと思わない?今は大分マシになったよね」と。

そこに書かれていたのは私の辛さを書いた詩だった。


TEAR DROPS

目覚めはいつも切なくて

あんなに来ないでと願った朝がまた訪れる
どうして泣いているのかなんて自分でもわからない
けれど薬を飲まなきゃ 私 起き上がることさえ出来ない

一人で小さくなって震える朝

太陽の光は眩しすぎて 浴びれば 
私 消えちゃいそうでとても怖くなるんだよ

当たり前のことを 当たり前に出来ないのは何故
今までは どうして当たり前に思えていたんだろう
一つの疑問符が次の疑問符へと続いていく

誰か助けて 答えの出ないことを 探してさまよう心を
私を連れ出して 胸が痛くて 死んじゃいそうだよ

大好きだった青空も今は怖くて

ちょっぴり憂鬱だった雨降りの日は
空も一緒に泣いているから 私の味方になった気がしてる

朝のにおいは嫌い 街がざわめいて動き始める音が嫌い

どこか遠くへ 私のことなんか気にもとめない 広い広い景色の中
どこか遠くへ 全て時が止まったような 静かに時間の流れる場所へ
こんなに苦しい涙の味を忘れられる場所へ

その辛さを先生が笑ったとき、確かに稚拙な文章だけど、本当に辛かったのに。
その後もう病院へはかからなかった。薬も、全て捨てた。

それから1年。バイトは何故か今までどおり通うことができた。
そんな中、塗りつぶしたいような過ちもあった。
でも、その1年、遠回りしたとは思わない。
私には必要な回り道だったと思っている。

その1年があって、もう一度頑張りたいと思い学校へ復学し、国家試験を合格して
今の私がある。復学後のクラスでも大切な友人との出逢いもあった。

旦那とは付き合うつもりがなかったので、お互い何でも話していた。
私の塗りつぶしたい過去も全部知っている。
それでも、その後、縁あって今の二人がある。

全部ひっくるめて私なんだと言ってくれるそんな友達や旦那に感謝しています。
そしてあの時本当は色々大変だった、家族にも感謝しています。
やっぱり私、看護師になりたい、って思えた大切な充電期間。
もう一度、って何度でも思える強さを持ち続けて頑張って生きたい。


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かけがえのないものを失った年。 [心の引き出し]

2004年、12月31日。1年の最後の日。
・・・悔やんでも、もう後戻りができない道の上に立っている。

逢えない夜をいくつも越えて、やっと隣りで眠りにつく幸せを手に入れた代償に
私は、ずっと続くと信じていた、疑うことすら知らずに変わらないと思っていた
そんなかけがえのない大切な友人を、これから先ずっと失ってしまった。

もう、私の声は遠すぎて届かなくなってしまった。

わかりあえているだとか、同じように思ってくれているという安心感が根底から
崩れ去ったとき、足場を無くした私自身が今にも壊れそうだった。
言葉にすると、あまりにも重すぎるその事実が、現実のものだと再認識させられ
るその悲しみにから少しでも逃れたくて、誰にも言われた言葉を言えなかった。

あまりにも痛すぎる、たくさんのとがった言葉達。
それは知らずに私が放って相手を傷つけていた、その言葉の刃が自分に返ってき
ただけなのだ。
同じだけ、深く傷つけてしまっていたということなのだ。

今までの全てを否定されたとき、今までくれた言葉や気持ちは全て私の中で温か
く残って、息づいて、大切なものとしてしまわれているから、私は「今までの全
て」ではなく、「今言われた冷たい言葉」を否定したかった。

一番傍にいて支えられて、いつでも相談できて、頼って甘えすぎていたのかな。
「本当は、ずっと嫌いだった」と言われたときに、手元に残ったあなたの写真
最後にくれた「寂しいときはいつでも電話しておいで」メッセージが正反対で、
何が起こったのか理解するまで時間がかかったよ。

いつも優しく、笑顔で、無邪気に声をかけてきて、長い時間一緒に過ごしていた
から、その全ての明るさの影にこんな暗闇があることに気がつかなかった。
傷つけていたということに、言われるまで気がつかなかった。
一体どれだけ長い間、苦しめ続けていたのだろう。
笑顔の下で、本当は嫌いと思われ続けていたのだろう。

私の思いがゆがんで伝わってしまったことさえ、否定する機会も与えられずに、
一歩通行で突きつけられたサヨナラに、返せたのは「今までずっと苦しめてごめ
んね」と「たくさんのありがとう」の言葉だけ。

・・・あれから1年。もうこの手にあなたとの楽しい日々が戻ることはない。

叶わなかったたくさんの約束。
またいつか一緒にここにこようね、も。おばあちゃんになっても変わらずにいよ
うね、も、全部。
自分に出来ることは必死でやってきて、辛いときは飛んでいって支えたいと思っ
ていた。その気持ちも伝わらず、もう私の存在はこの先の未来に必要ないと否定
されてしまった。

本当は、大好きな人とやっと一緒に暮らせるようになって、幸せで笑顔があふれ
るはずの時期に、毎日涙が枯れるまで泣いた。
今までどうして言ってくれなかったのか、と心の中で責めたこともあった。
でも、全ては私が知らずにまいた種のせいなのだ。
傷つけることを誰より恐れていたはずなのに、傷つけていた自分が許せない。

でも、こんな私でも、黙ってそっと肩や胸を貸してくれ、ポツリポツリやっと口
から発することのできた言葉を聴いてくれた旦那と、やっとつらさを吐き出した
とき、支えてくれたたくさんの友達と、みんなに感謝して1年の終わりを笑顔で
迎えることができたことに心から、ありがとうといいたい。

いつでも元気でいること、幸せでいることを願いながら日々暮らしています。
彼女も2004年の最後の日を穏やかに過ごせていますように。

*今年の振り返りを書こうとしたときに、どうしても避けて通れない辛い事実-
 かけがえのない友人にさよならを言われたこと。

 でもあえて残すことでずっと人を傷つけたことを忘れずに、二度とこんな思い
 をしないで済むように願いながら、傷つくのが怖いながらも、新たな人との出
 会いを大切にしていける、そんな前向きな自分であり続けられるように書いて
 みました。


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